厳冬期黒部横断
2016年2月3日~3月2日(31泊32日)
ギリギリボーイズ登山隊
伊藤仰二 / 佐藤裕介 / 宮城公博
大谷原~赤岩尾根~鹿島槍ヶ岳~牛首尾根~十字峡~黒部・剣沢大滝ゴールデンピラー登攀~黒部別山北尾根~真砂尾根~別山尾根~劔岳~早月尾根~馬場島~伊折
2008年に馬場部長と共に劔岳に入る許可申請の為に登山隊名を考え、居酒屋で適当に決めたのが「セクシー登山部」だった。その年、僕らと同様の理由で登山隊名を「ギリギリボーイズ」として申請し、黒部横断に挑戦したのが伊藤仰二・佐藤裕介・横山勝丘のトリオだ。僕らセクシー登山部は荒れ狂う劔岳になすすべなく逃げ出したが、ギリギリボーイズは黒部横断を命からがら、それこそギリギリの状態で成功させていた。のちに彼らの記録を見て大いにゾッとし、燃え上がる嫉妬心を抱いたものだ。
その9年後、彼らと共に僕が黒部に入るとは思ってもいなかった。それも32日間に及ぶ極めて異例な計画だ。しかも計画の目的は黒部剣沢大滝のゴールデンピラー登攀だという。ゴールデンピラーとは、伊藤・佐藤・岡田康らが大滝尾根登攀時に見た剣沢大滝右岸に厳つくいきりたつ急峻な岩壁のことで、カラコルム・スパンティークのリッジ「ゴールデンピラー」になぞって命名したものだ。2015年にこのトリオは25日の計画で黒部ゴールデンピラーを狙ったが、黒部の悪天候に25日計画では足らず、今年は32日間の計画で挑むことになった。伊藤が差し出した写真に写る剣沢大滝のゴールデンピラーは本物のゴールデンピラーに勝るとも劣らぬどころか本物以上にぶっ立っており、厳つく、強く、太く、力道山の朝立ちを連想させるほどに凄まじいプレッシャーを放っている。カラコルムのゴールデンピラーを第三登している佐藤裕介が「本物よりも難易度は高いだろう」と言う・・・・・・。
――いろいろあって、劔岳登頂目前の3月3日(黒部横断30日目)
立山稜線上でホワイトアウト。テントが引き裂かれそうな激しい烈風に3人でガタガタ震えながら耐えていたところ、伊藤がテントの端からチョコの破片を見つけた。
「このチョコ、ジャンケンで食う人決めよか?」
そう伊藤が提案してきたのだが、僕の内心は穏やかではなかった。なにせお腹と背中がくっつくように腹が減っていて、公平とか平等とか皆の為にといった「俺はチョコいらないから皆で食いなよ」的なキリスト的自己犠牲の精神はとうの昔に失っている。というか、そもそもが貧乏性のガメツイ性格なので、下界で満腹のときであっても「俺のチョコだ!」と叫んでいたと思う。だから、たとえ嫌われようが1カロリーでも摂取して自分の体温を上げて生きのびる為の活力にすべく、いつも通り欲望丸出しで伊藤に言った。
「ジャンケンで決めるだと? それは俺がさっき食ってたブラックサンダー(チョコ)の破片だ。俺のもんだろ!」
そう言って伊藤の手からチョコの破片を強引に奪い取った。(伊藤はチョコの破片に血走った目でいきりたつ俺に、素直に渡さないとぶん殴られると思ったらしい)
氷ついたチョコの破片は小指の爪先程の大きさしかないが、僕にとっては同重量のダイヤモンドと同価値に値するものだ。チョコの破片を落とさないように慎重に口元に運ぶと、舌先で丁寧に撫で回し、氷を溶かし、生娘の秘部を愛撫するように優しくゆっくりと奥歯で噛みしめた。ほんのりとした苦味の後に、嗅覚えのある特徴的なあの臭いが口中に広がり、それは次第に……。
「うげっ、ウンコじゃねーかこれ!」
タイのジャングルで毒の実を食ったことを思い出しながら小便用のタンクにペッペとウンコを吐き出した。3人ともガタガタと震え続け、今にも吹き飛ばされそうなテントで命の心配をする傍ら、伊藤・スター佐藤裕介からは「さすが46日のジャングルを生き延びたナメちゃん(宮城)は生に対する執着心が半端じゃないな、かなわないっす」と、「ウンコ舐め太郎」として小学生並のプリミティブなイジメを受けた。
「ちっくしょー! それにしても、俺たち大人になれないなぁ」
「そもそも、まともな大人はこんなとこ来ねーだろ」
左・スター佐藤、中・伊藤、右・宮城公博(舐め太郎)
鹿島槍への登り
十字峡を全裸渡渉する宮城のケツ
剣沢大滝I滝とピラー
劔岳山頂にて