2014年8月24日日曜日

スライドショーのお知らせ

名取ゆかり等、スライドショーのお知らせ





名取ゆかり /  氷瀑ビキニ家

「氷瀑で映えるビキニとは」 
~低体温症にならない為に~ 

近年、山岳地域でのビキニのありかたが見直されつつある。このことについてあえて説明する必要はないだろう。誰もが知っている身体造形美術作家、日本唯二の氷瀑ビキニ家として知られるビキニゴリアテこと名取ゆかり氏の活躍によるものだ。氏の強烈なビキニ力(りき)は、一度、目にした者の心を捉えて離さない。しかし、一見、華やかなビキニの裏には、氏の芸術家・アスリートとしての努力が隠されている。ビキニと氷瀑には切っても切り離せない難題、低体温症がついてまわる。山岳遭難の死因の多くを占めるこれについては、古くから様々な医学的検証が行われているが、実際に自ら低体温症になるということ数百回にわたり実践しているのは氏をおいて他に見当たらないだろう。自然とファッションとの融合、ビキニと氷についての哲学を語って頂く。 



舐め太郎(宮城公博) 
「沢登り的アルパインクライミングでの週末の過ごし方」 

日本には大きな壁や高山こそ存在しないものの、決して広いとは言えない国土のうち8割を、多様な造山環境から成り立つ山地が占めている。そこに四季の彩りと多雨多雪といった条件が掛け合わされることにより、世界にも類がない程の複雑な自然環境を存在させている。そこから生まれた多様な自然観こそが、自然崇拝やアニミズムといった文化を生み出し、それが反映された結果、信仰登山に代表される日本の伝統的登山が発展してきた。我が国の近代登山とは、これら日本的登山感と西洋的アルピニズムが混ざり合い、あるいは別個のままに、独自の発展を遂げてきた。そんな日本の登山の中でも代表格と言える「沢登り」、そして「沢登り的冬期冬期登攀」を週末二日で楽しむ方法、だけでなく、アフターファイブに楽しむ為のワークショップ。これから登山を始めたい若い女性にもオススメ。

日本の未踏峰 / 破砕帯から始めるクライミング / 石徹白集落のビッグウォール集 / 愛知県犬山市周辺ゴルジュ帯 / 称名滝・ハンノキ滝冬期初登攀、国内外の未知の渓谷、スライドショー 





日程 2014年8月26日(火)
会場
  ウインクあいち ※904号室
名古屋駅より徒歩5分
   〒450-0002
愛知県名古屋市中村区名駅4丁目4-38
時間
  19:00~21:00
 (開場 18:30)
参加費 500円
(企画運営にご協力ください)
※お釣りの無いようにご用意いただけると助かります。
定員35名 事前予約不要 先着順
詳細はFacebookページ「登る人」上で随時ご案内いたします。
[お問い合わせ]
Facebookページ「登る人」へメッセージをお送りください
または、こちらへ
noboruhito.peoplewhoclimb@gmail.com

MAP

https://maps.google.co.jp/maps?q=%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%81%82%E3%81%84%E3%81%A1&ie=UTF8&ll=35.170634,136.886494&spn=0.014366,0.027874&t=m&z=16&iwloc=A&brcurrent=3,0x600376dc1910044b:0x3f1615536172a877,0



2014年6月4日水曜日

アニマルプラネット

「BURST NEO」発表から一年ということもあり、「BURST NEO」のタイトルを「ANIMAL PLANET」に変更しました。 中身に関しては特に変更はありません。(なんのこっちゃ)

動画は発表直後、何故か、youtubeに如何わしい動画認定されてしまったのですが、年齢認証なしでも、下のURLで見ることができるようです。

tigerMos 
今年、馬場部長は年壮となり、ビキニゴリアテことゆかりんは杖家に至るも、ますます艶やかにっております。また、何かが違っていれば、馬場氏は結婚にさしかかる年代であり、ゆかりん嬢は娘の進学に伴う一人暮らしに頭を悩ませる世代であります。しかしながら、彼らは長い人生の中で、いろいろなものを諦め、溝の底を舐めるように生き、それをある種の美徳として生きてきました。決して今という日常から抜け出そうせず、そのルーティンが永遠には続かないと分かっていても、漠然とした不安に、浅い夢にうなされる日々を望みます。しかし、ある時、二人は同時に自らの存在の意義について考えさせられる事態と直面することになったのです。

アニマルプラネット








"ANIMAL-PLANET" SEXY TOZAN-BU Official Video 2013


SEXY TOZAN-BU Official Video 2013


2014年5月26日月曜日

劇場版テレクラキャノンボール2013

テレクラキャノンボールとは・・・

もともとバイクとテレクラが好きなAV監督*カンパニー松尾が「夏に好きなバイクでテレクラ行って素人娘とハメハメしたい!」という単純かつ不純な動機から1997年に 企画AVとしてスタート。
今作『劇場版 テレクラキャノンボール2013』はシリーズ通算5作目。




http://youtu.be/rvIZuVLQboM


ちなみにこの作品、小生は、先日、知ったばかりでレビューと特報しか見ていない。けれども、DVDが届く前にどうしても書きたくなってしまったのである。もう、トレーラーを見ただけで、この作品からにじみ出るなんとも言えない原初的な雄度(おすど)に憧れてしまった。(けっこう飲んでたけど、動画の20秒ぐらいのところで被っていた帽子を脱ぎ、姿勢を正した。)


ちなみに作品のキャッチコピーは「ヤルかヤラナイかの人生なら、俺はヤル人生を選ぶ」である

このセリフ、どこかで聞いたなぁと思ったら、還暦を超えて、そんじょそこらのゴア映画がしっぽを巻いて逃げ出すような残虐描写を、己の思想信念と合わせて見事に描き、「老いて益々野蛮になる」と賞賛された、(世間では筋肉馬鹿の)スタローン大先生の名言ではないか。う~ん、やっぱり雄のたどりつく先というものはそういうものなのね。




この画像を見てもらえば一目瞭然だが、テレクラや出会い系、ナンパで即日ヤれる女のクオリティーが明確に描写され過ぎていて、ちょっとドン引きである。ブスとかデブとかそういう問題ではない、「あっ、こういう女いるいる!っていうか、見たことあるし、俺も昔こういうのとあったわ」感からのドン引きだ。現実の方が漫画のウシジマよりウシジマ感が溢れているのだ。

出会い系や風俗のプロフィール画像を見て、「7割ぐらい盛ってるとしてもいいかな?」と性欲に従って出向いてみれば「う、確かに本人だけど、なんか決定的に違うじゃん!」という、直視したくない現実に夢を打ち砕かれた過去のある男子にとって、これは強い共感を生む。

上の画像は出合い系アベレージで言うと、おそらく、「当たり」の方だと思う。実際に映画に出てくる女性の中には、ナマハゲを彷彿とさせるらしい女(酷い言われよう)が出てくるのだというのだから、背筋がゾッとする。そんな女達を相手に、いかに濃密な射精をするかでレースのポイントは争われる。男達はレースに勝つために、例えどんな化け物が出てこようと、必死にイチモツを奮い立たせ、腰を振るのである。その姿はまさに勇者のごとし!とのことだ。中でも素晴らしいのが、男優が高ポイントが獲得できるう○こ食いを、「今は出ない」という女に懇願し、ピザを食わせて何時間も待ったあげく食うのだが、さすがに口にした瞬間、思わず嘔吐いてしまい、それを背後で見ていた女が、ちょっと不機嫌になっているというのである。見ているこちらのポイントを根こそぎ持って行ってしまうようなとんでもない描写だ。(らしい)



で、あれこれ感じたのは、ここ十数年、冒険の世界に、このような本質を突くような「表現」があったかどうかという部分だ。ロマンの本質はハタから見てくだらない、意味のないようなことに、全力で真剣に魂を込めるかにあるかと思う。僕たちは何か大層なことをやっているような気になりながらも、結局は二次創作行為しか行なっていなかったのではなかろうか。地理的なパイオニアワークの終焉を言い訳にし、新たな一歩を踏み出そうとしないのでは寂しいものがある。

冒険とは何かを、深く考えさせられた一作です。まだ見てないけど

2013年12月5日木曜日

称名廊下











 


我が国、最後の地理的空白部、称名廊下。

立山から流れ落ちる膨大な雪解け水は、側壁200mにして、幅数メートルの壮絶なゴルジュを通過し、350m、日本最大の瀑布、称名滝へ落ちていく。



自然が作りし至高の芸術作品。生命をかけた究極の遡行、冒険の真髄が味わえる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
昨年、称名滝最下段を単独で登った私は、その2日後に最高の相棒である藤巻氏と共に、全4段を登った。その時、称名滝の落口から見えるこの全長2kmの壮絶な直線廊下に心を奪われた。美しかった。
 
その冬、世界的なアルパインクライマーの佐藤氏の情熱に引きずられ、「人類」という制限をもつ身では、もはや絶望的とも思えた称名滝の冬季登攀を成功させることができた。雪と氷に覆われた称名滝の落口に再び立ち、氷雪の廊下を目に焼き付けた。凍った200mの側壁には無数の氷柱が垂れ下がり、その下を、見ているだけで息苦しくなるような、青白く、深い水が流れていた。あらゆる生命を拒む、無機質で、冷たく、重い、そんな水の流れだった。
 
そしてこの秋、藤巻氏と二度に渡り、この称名の内院に潜り込むことになる。憧れであり、恐怖そのものであったこの空間についに入ることができたのだ。ほんの触りだけだが、どれほど、この時を妄想しただろうか。
 
今、自分は称名廊下にいる。その幸福を噛み締めた。
 
 
 

2013年12月4日水曜日

台湾恰堪溪



ついに来てしまった。天高くそびえ上がる側壁を両岸に有し、膨大な水は幾重もの滝を流れ落ちる。その圧倒的な光景に、魂が震えているのが分かる。はたして俺たちに、人類に、ここが通行できるのだろうか・・・



恐怖と好奇心がせめぎ合う。


パイオニアワークは終わらない。





あとで

2013年12月3日火曜日

赤沢岳西尾根






「ぁあああああああああああああ!!」

怒りとも驚きともとれる叫びが、山を駆け抜ける。
いったい何時になったらこの地獄から解放されるのだろうか。

数週間前、3ヶ月間の極北遠征と新妻の出産を直前に控えた探検家で作家の角幡氏から、北アルプスでのんびり雪稜でもやらない?と連絡があった。冬のシーズン始めに、簡単な雪山歩き。大いに歓迎だ。二つ返事で引き受けた。そう、これが地獄への始まりだったのだ。

「赤沢岳西尾根」

これを知っているという人は相当な好き者だ。登った僕自身、これまでその存在を知らなかった。あらかじめ言っておくと、この尾根を登ったという事に、記録的な価値はそれほどない。特別、難しい尾根という訳でもないし、全く人が入らない空白地かと言われればそうでもない。かといって渋滞ができるような場所でもない。かつては正月山行などに使われたらしいが、冬季に関電トンネルが閉鎖された今、このアプローチの悪い雪稜に登ろうなどという人は「酔狂な人」扱いされてしまうだろう。

「まっ、二泊三日もあれば余裕でしょう。」

と、舐めきった態度で、昼前に扇沢駅についた。松本から扇沢まで、車から見上げる山にはどれも雪が少ない。雪稜をするのには、ちょっと雪が少なすぎて楽しめないのでは?という不安が互いの頭によぎる。「まっ!向こうは凄いって!だって初冬とはいえ、黒部だぜ!」と、根拠のない空元気を振り回した。

駅で登山道具をザックに詰め直していると、周囲から視線を感じる。なんと、女の子が何人か僕らの写メを撮っているではないか。うーん、さすが雑誌にテレビと露出度の高い有名探検家、人気だなぁと、隣の角幡氏に嫉妬心を燃やそうとしたが、次の瞬間、女の子達が聞きなれない言葉で話し出した。「~アルよ~!」あ、この子達は中国人観光客なのね。他のチラ見というにはストレート過ぎる視線もそういうことか。ロープやらアックスやらをガチャガチャさせてる僕らが物珍しくて見たり撮ったりしていただけのようだ。撮るなら一言声をかけんかい、と言いたいところだが、若い女の子が僕らの写真をフェイスブックに上げるのかと思うと、悪い気はしないね。

そうこうしていると、トロリーバスの発車の時刻だ。中国人に混じり、バスに乗り込む。あっという間に黒部ダムについた。冬は数日を要して山を超えなければ着けない場所に、わずか15分でこれる。いろいろいわれはあるが、アルペンルートはやはり便利である。

積雪具合はどうかや?という不安をよそに、ダム駅から外に出ると、一面の雪景色がボクらを出迎えてくれた。これぞまさにトンネルを抜けるとそこは雪国。完全な冬山じゃん!これは思ったよりも楽しめそう、というより、予報とは裏腹にどんより空からしんしんと降り積もり続ける雪に、楽しむどころか苦しめられるんちゃうか!?と、さっきまでとは真逆の不安が頭をよぎった。

尾根の取り付きまでは、地図ではすぐのはずだが、どうにも雪が深すぎる。駅から出て十数メートルでワカン(カンジキ)を付けた。交代でラッセル(雪かき歩き)をしながら、「ここかなぁ?」と赤沢西尾根の取り付きらしき場所につく。 

赤沢西尾根の末端はどこも岩壁になっており、一番傾斜のゆるそうなところからでも、すぐにロープを出すことになる。久々に握るアックス。凍った土や草にアックスを叩きつけ、登っていく。海外の高峰の一面のブルーアイスを登るのも爽快だが、こういう日本的な凍った土壁に触ると、「やっぱり我が家が一番!」と、夏は泥や草だらけのただの崖であろうこの場所に愛すら感じる。 とはいえ、雪の降り始めのこの時期、泥の氷結は甘く、のっぺりした岩にうっすら雪がのっていたりし、その登攀は見た目の地味さに反して恐ろしいものとなる。

山屋にあるまじき午後出発が効き、あっという間に空が暗くなってくる。出発地点からほとんど高度は稼いでないけど、今日は最初から泊まれそうないい場所があればそこまでの行程のつもりだったし、「いいよね~?」と、樹林のわずかに平な場所を見つけ、テントをはった。予報ではそんなに降るはずではなかったが、雪はどんどん強くなっていた。 

角幡氏のテントは思った以上に年季が入っている。ポールは曲がってるし、異常にきついポールの刺し口、設営に時間がかかる。テントの生地は古びたブルーシートのようで、今時ホームセンターの格安テントでももっとマシな生地を使っている。当然のごとく、内側はカビがビッシリである。おまけにすごく狭い。苦しい体制でテントないで靴を脱ごうとすると、寒さと水分不足も手伝って、腹筋が吊って絶句する。「腰イテぇなぁ。」とお互いぶつぶつ言いながら、湯を沸かしメシを喰らう。 

「酒、忘れたし、メシくっちゃうとやることないなぁ。」角幡氏はおもむろに携帯を取り出し、「おっ、電波あるじゃん。」と、身重の愛妻に電話をかけた。その第一声がなかなか衝撃的な言葉だった。 

「あ、もしもし、破水した?」 






あとで

2013年12月2日月曜日

海川不動川



「純度100%、混じりっけなしのゴルジュ。」
「この空間を知らずして死んでいく人が可哀想。」
「あれ、いつの間にか火星にいるんだけど、地形図あってる?」

神が作りし自然の造形美に賞賛の声が絶えない。

日本海ゴルジュストリート(このネーミングセンス)の中核、不動川ゴルジュを遡行してきた。昨年は天候不順で見送り続け、今年はついに我慢ならず、台風直撃の中の遡行と相成った。

不動川の魅力は、ゴルジュの造形美に加え、他の異次元ゴルジュ達と違い、凄まじい渓相ながらに水流沿いでもギリギリ突破できるという事が上げられる。ショルダー、フック、ボルト、ネイリング、ジャンプ、泳ぎ、爆水ハードフリー。ゴルジュ突破における数々のテクニックがここで試されることになるだろう。

手垢のついたゴルジュと侮ることなかれ、侵食を受けやすい柔らかい土壁は、激流によって、その渓相は日々、変化、進化させ遡行者の魂を揺さぶってくれるに違いない。ここを40年前に見出した、初遡行者のセンスと度胸、その力量は計り知れない。ボルト連打と揶揄されるが、情報皆無の暗黒空間において、当時の貧弱な装備で冷水に首まで浸かり、滝の爆風に耐えながら、手打ちで打つボルトがいかに苦しいものだったか想像に難くない。その後、フリーだとか、ノンボルトだとか威張ってみたとて、それは所詮、おまけのようなものに過ぎない。

不動川の遡行とは、自然の造形美、先人の遺産を巡る最上級の観光地であり、ゴルジュテクニックを駆使する事により奇跡的に繋がるラインに喜び震える、神が作りし究極の遊技場ともいえる。

下部、上部ゴルジュをこなし、左俣大滝下で目覚めた三日目、台風の影響で、豪雨大増水となる。周囲の大スラブ岩壁にはハワイブルーホールを思い起こさせる、百メートルオーバーの大滝が無数に出現した。沢筋は当然不可。丸一日の激烈な藪こぎののち、陸の孤島とかした海谷高知手前でのビバーク。翌朝、まだ濁流おさまらぬ海川をスクラム渡渉、巨岩を駆け下りてのジャンピング飛び石、前方の垂壁ガバへの激流飛び越え前方方向ランジ。どれもギリギリで失敗すれば日本海まで一直線だ。

生存圏である三峡パークにたどり着き、犬の散歩に来ていた地元のおじさんの軽トラに乗せてもらった。優しい陽光と、軽トラの荷台に注ぐ風、田舎の田園風景、冒険の終わりを告げるそれらは、どれもとびっきり優しくて、心の中に暖かいものが溢れんばかりに注がれた。

ゴルジュ突破、やっぱり最高だ。








不動川の中心、100以上はあろう滝の中、最も登攀困難な滝の裏、幾千幾億の時をこえ、このアンモナイトは今もどうどうと鎮座している。